大病院のこわ~い怪談
柳瀬 義男
講談社
1995-12

こんにちは。

いなや先生とは、わたしが学生の頃に教わった先生で、現在は医学畑で教授になっていらっしゃる先生である。いなや先生は、内科の先生なんだが、色々 と、専門分野があって、彼の専門分野が直接、「命にかかわったり」することが多いので、いなや先生は、せっかくのお休み日になったとしても、呼び出される ことが凄く多かったらしく、若かりし頃は、そりゃ、当直明けの寝ているところへ、「いなや先生、緊急事態です」という電話が来るのが、何より怖かったという。

無論、いなや先生は、一生懸命人を看てくれる医者である。

だけれど、当直明けの時は、割とミスが多くて、だからこそ、いなや先生には、当直明けの休みは大事な休養なのである。そこへ、急に容態が悪くなった入 院患者の連絡や、救急患者で、どうしてもいなや先生にという人がやってくると、いなや先生は、眠れないままに、呼び出されていくことになる。

いなや先生は、その晩もその辺にあったストレッチャーに横たわって、寝ずの番をしていた。

ところが、いなや先生が、寝ていると、ある病室のナースコールがよく点滅している事に気がついた。いなや先生、あそこの患者は僕の受け持ちではない からなぁ、なんか苦しいことがあったら、おったいさん(ナースさん)が呼んでくれるだろうと思って、そのままストレッチャーに寝続けた。いなや先生、その まますぅっと寝入ってしまったのだが、それでもよく明かりが点滅する。その割りに、どういう訳か、おったいさんが、中々病室に来ないのである。

おったいさん、こんなにナースコールで呼ばれているのに、なんで、来ないんだろう。

いなや先生は、そう考えながら、寝入り始めた。あそこの患者、あの病室で、あそこの場所で・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・うわっその患者、俺の受け持ちのたみやさんではないか。

 

 

いかん、いかん、おったいさん、これをちゃんと対応してくれないと困る。たみやさんは、重度の臓器不全。危険極まりないところで、あともう少しでお迎えが来そうな人だ。ダメだダメだ、おったいさん、ナースコールに応えてくれなきゃ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・って、ちょっと待てよ。あれ、勘違いかな。あれ、たみやさんは、亡くなってでてったはずだっけな。あれ、たみやさんは、 どうなったんだっけかな。たみやさんは、違う病室だっけかな、あれ、あれ・・・・考えているうちにいなや先生すっきりと目が覚めて、ストレッチャーから起 き上がった。

 

いや、マジで、あんなにヒカルのやばいって。そう、おったいさんに言いに行こうと、詰め所に行くと、おったいさんがいない。あれ?他のスタッフに、 あれ?おったいさんは?と聞くと、誰もが不安そうな顔をして、おったいさんは、今日の勤務ではないと言う。そっか、今日の勤務じゃないんだ。んじゃ、たみ やさん、ちゃんとなってる?大丈夫?そう聞くと、他のスタッフは怪訝そうに顔をしかめた。

 

・・・・・??ストレッチャーに寝る前に、寝るからよろしくと言って去ったおったいさんは、どこへ行っちゃったんだろう。あれ?俺、色々ごっちゃになっているかな。たみやさんって言うと、おったいさんを思い浮かべるから間違ったかな。

 

そう考えて、いなや先生、そのまま、ある病室で、ずっと光り続けているナースコールのランプの話を、詰め所で話をした。皆、見てない?ねぇ、あれ、結構呼び出されているよ。いなや先生は、そう言いながら、

 

これは・・・ひょっとして、

 

おちがある話(苦笑)に違いないと思い始めていた。

よくある、勘違い話。あるよねー、あるある。俺が、おったいさんの勤怠を勘違いしていたのと同じく、勘違い話あるよねー。ナースコールは、たみやさんじゃないとか。なんだ、俺疲れているのか。結構、頑張っているもんな。

 

話はそこから、実はいなや先生の思ってたおちと違う方向に進んだ。

 

おったいさんは、職場を先月末で辞めていて、実は、ナース服を着て、元職場に忍び込んで、夜、盗みを働いていたのである。それを、重度の状態のたみ やさんが、一生懸命ナースコールを光らせて、教えていたのだけれど、たみやさんは、実は意識不明。ナースコールが押せる状態ではない。なので、どうやって 鳴ったんだかは分からないんだけれど、実は、ナースコールが頻繁に光る日は、

 

おったいさんの盗みの稼働日と一致することが分かった。

 

その後、おったいさんが捕まると、たみやさんは、安心した顔で亡くなってしまったのだが、

 

いなや先生が、異動しても、盗人が出る日には、結構な頻度で、ナースコールを知らせるランプが点滅すると言う。なので、いなや先生は、アメリカに研修で行った先の病院で盗人を捕まえることができたと言う、

 

嘘のようなホントの話。

 

いなや先生曰く、俺は丁寧に看たんだから、心置きなく成仏してくれてもいいだろうと言うが、奇しくも、たみやさんの元気だった頃の職業は、おまわりさんであった。

 

 

 

今から23年前に聞いた話。いなや先生のあだ名が、医局では、とっつぁんなので、どうしてか医局秘書さんに聞いてみた。とっつぁんの理由(銭形警部から由来したんだと言う)を教えてもらえた。

死体は語る (文春文庫)
上野 正彦
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