こんにちは。

恋人に置いてきぼりにされて、絶望のふちに立たされたアリアドネ。彼女を見守るのは、実は、別れの原因を作った女神アテナ。

アテナは、テセウスの稚拙さが気に入らない。アリアドネは、名のとおり、「とても清らかで聖なる娘。」

こんな逸品を、テセウスにやるのは、あまりに惜しい。せっかく、ここまで清らかに育ったのだから、思い通りの所に嫁がせたい。そう思う彼女の心が、テセウスに、神託として伝わってしまう。

「アリアドネを置いて、いますぐここから立ち退きなさい。」

 

テセウスにしてみたら、しめたもの。田舎臭い、重たい、若い女より、手馴れた女のほうが、楽しくしてくれるし、気分を高揚させてくれる。自分は、い い男なのだと、年上の女性は思わせてくれる。だって、俺、ミノタウロスをやっつけたんだぜ?そりゃ、アリアドネには感謝してるよ?でも、実際に退治したの は、俺だし。

けれど、なんだ、アリアドネは。若いってだけで、思慮深さも、お洒落心も、化粧もしない。今の俺にふさわしいのは、手馴れて洗練された、言葉あしら いのうまい遊び慣れた女がいい。そして、そこで、徹底して遊んだら、いつか、年貢は納めなくっちゃな。俺、こう見えても、王子だし。

そのときは、それなりの女欲しいし。その頃に、若い子がいいな。

不謹慎な俗世間の考えに見事マッチングしたテセウスは、神託を上手に使って、逃げ出した。女神アテナは、初めから、この男がもたらす幸いと不幸を見 抜いていた。俗世間にまみれた男に、徹底的にアリアドネが汚されることを好まなかった女神は、置いてかれて動揺し、泣きまくっているアリアドネの後姿を ちょっと見る。

どうせ、すぐに分かるわ。あの男より、いい男が来る事を。

女神は、そのとき既に考えがあった。そうだわ、ディオニューソスがいたじゃないの。豊穣の神で酒神。実りをもたらし、その実りを謳歌する男の心当た りはすぐついた。んじゃ、ディオニューソスに嫁がせましょう。女神は、画して、合コンを開くために、泣いているアリアドネに、ダイエットや化粧術を教え、 知的な会話を仕込み、嫁入りにふさわしい仕事を見つけ、ファッションのセンスを磨かせた。

アリアドネは、素直な子。

女神に教えられるがままに、成長し、お勤めも固いところに就職し、仕事上では普通だけれど、私生活では、女神の「美」術を、真剣にブラッシュアッ プ。「二度と男に逃げられないために、それなりの教養」を積みかさね、なんと、誰もが振り返る女性となって、女神とともに合コンの場へ出てきた。

ディオニューソスは、女神アテナの策略のまま、そのままで、虜になった。

ディオニューソスは、昔は不誠実な男テセウスと同じ男だった。稚拙で、思慮浅く、ぶっきらぼうなところがあったけれど、仕事でキャリアを積み、それ なりの地位に着く為に勉強してきた。神ってだけで、女は腐るほど寄って来る。女なんて、結局、資産とか、肩書きとか、目に見えるところしか見ていないんだ よなと、豪語するほどの女性不信。その彼が、自分の目の前にいる、華奢でエレガントな若さはちきれるアリアドネをひと目見て、普通の女じゃんと思ったのは 仕方なかっただろう。だけれど、そこで目が釘づけになった。

違う・・・・この女・・・何かが違う。

女神アテナに、彼が、「隠語を送っても」女神アテナは知らん振り。むしろ、「気立てのいいいい子でしょう?」とそそのかす。

・・・・・・・・・何かが違うのだ。・・・・・そうだ、彼女の陰りが、凄く魅力的なのだ。若いだろうに、きっと王様の娘っていうだけで、随分甘やか されて着たに違いない。若い男と駆け落ちして、駆け落ちの最中に捨てられたと聞いたが、なんと魅力的な娘なんだろう。ふっと見せる視線の先が、知りたい。 この女性を自分は待ってきた。自分はもういい年だ。年貢を納めるには丁度いい。こんな魅力的な娘が良かった。だけれど、駆け落ちした男を忘れられないと嘆 くのなら、

 

やっちゃう?自分。

 

富と名声は有り余るほどある。これだけ、苦労してくれば、きっと常識概念も普通だろう。きっと、堅実に働いてくれるだろう。名声と富だけを目当てに くる「触れなば落ちん」女性とは違うことを彼女は証明してくれるだろう。神の妻にふさわしい働きをしてくれるだろう。より、富に向けて、より名声を維持で きるように、働いてくれることだろう。この子に決めた。

そう考えたディオニューソス。アリアドネの影や日向に成り代わり、一生懸命導いていく。

やがて、アリアドネは、女神アテナの真意を知る。どの男でも、若い頃は、若くて稚拙。やんちゃでぶっきらぼう。だけれど、成功する男と、失墜してい く男の違いを見て行って、女神の言わんとするところを理解する。成功する男には、こうやって付き合え。男を成功させるには、こうやって添い遂げろ。女神の 示唆には、含みがあって、そうして、アリアドネがたどり着いた先は、富と名声を維持していく、超スーパー倹約術を携えた、堅実女性の完全マニュアル、カリ スマ奥様だった。彼女のようになりたいと、天界からも、地界からも、取材はひっきりなし。彼女にあやかりたいと、誰もが願う。彼女の出す本は、どれも当た る。彼女は、時代のアイコンとなった。

無論だが、アリアドネは、男を失った一件では、自分の犯した失態をよくよく存じている。だからこそ、控えめな態度がいつも堅実性と結びつき、彼女はいつしか、自身が豊穣の名を戴した。自身の内部が、実りあるモノにならなければ、何一つ手に入らないことを彼女は知ったのだ。

昔、赤い糸と短剣を渡した男の真実は、成功しない男の成れの果て。

今、自分の周りを固めるのは、成功していく男と、そして堅実で謙虚な人たちばかり。居心地いいのはどちらなのか。アリアドネにはすぐに分かる。テセ ウスには全部渡さなかったあの赤い糸の残りは、きっと、次なる場面に自分が進んで行く為に必要な、絡まない運命の赤い糸だったのだ。

自分の人生の中で、窮地や迷いが生じる時に、導いてくれる赤い糸。そして、ドラスティックな展開を彼女に見せてくれる赤い糸。

 

女神の真意を知り尽くした彼女は、幸せ感に包まれた。

 

女神アテナはそれを見て、「娘って大変よねぇ。嫁がせるまでが、一大行事だわ。もう、結婚式まで気が気じゃなくって。」と、女神ヘラと女神アフロ ディーテに愚痴ったという。女神ヘラはそれに対し、「馬鹿ねぇ。娘ってのは、嫁いだ時からが勝負なんじゃないの。これからよ。子供産んで、育児頼んでくる んだから。そんな愚痴を言う前に、体力でも鍛えておいたら?」と笑って返す。女神アフロディーテは、くすっと笑ってこう言い返す。

「女って、どこがつみポイントかしらね。アンチエイジングの時代なのよ、これからは。」

女神アテナは、まだ残っている娘達を堅実に育てていく為に、ちょっとため息を漏らし、ゴクっと目の前の、スタバ特製神々の飲み物サクラネクタルを、飲み干してこう言った。

「まだまだ、世の中、若い子が残ってんのよ。私やってくるわ。んじゃ、お会計、これでお願い、次の保護者会に出てくるから先に行くわね。」

 

 

さて、話はこう終わるのだが、堅実な少女を一つ作る為に、どれ程の親が苦労するかという話ではない(笑)。

それを言ったら、どこの親も、大なり小なり悩みはあるもんだ。とびっきりに、清い子であれば、狼たちは更に上を行く話し方で、常に娘の前へ進む気をそらす。

しかし、不幸な目にあったと嘆いたアリアドネが掴んだ道は、堅実な、賢妻良母。それが、本当にアリアドネにとって、いい道かどうかは、また別で、成功しない男についていって、破滅したかったと漏らす娘の、浅はかさよ(苦笑)。

破滅は、女にとっても、魅力的。若い女なら、なお更に、破滅と刹那は、大好きなスイーツアンドスパイス。

そんな中で、掴んだいわばテンプレのような幸せの中で、アリアドネがどう思うのか。神は一生神だけれど、人間である自分が受け取れる年金が転びそうな時代。破滅して、自堕落な生活も、また魅力的。

 


「アリアドネモチーフの指輪を付けると、見失った赤い糸の先を見付け易くなる」

 

 世の中の迷える人。自分の過去のテセウスに、気前よく赤い糸巻きを全部プレゼントしちゃった人。自分の赤い糸をしまっておいた場所を忘れちゃった人。アリアドネにたどり着けば、あなたの赤い糸が戻ってくるかも。そして、なくしたと思っていた赤い糸が見つかるかも。なんせ、この赤い糸、あなたの運命の中で、迷宮にはまっ て、抜け出せなくなったところから、あなたを助け出してくれる。絡みつかなく、導いてくれる。


それじゃ、今度の連休、あなたも、探しに行ってみたらどう?出逢えるかどうかは、あなた次第。



真夜中のアリアドネ(1)
霜月かよ子
講談社
2013-01-15